合同会社自照社

コラム：この道をゆけば ── 相愛大学准教授　赤井智顕

もう少しだけ

　　もう少しだけ、お骨を家に置いておきたいんです。

　そう言われたのは、50歳のご主人を亡くされた奥さんでした。その日、ご主人の三回忌のお勤めを終えた後、納骨のために自宅を出発して、墓地へ向かう間際におっしゃったのが先の言葉でした。「何かご事情がおありですか？」と尋ねる私に、奥さんは眼に涙をためながらおっしゃいました。

　　寂しいんです。

　理由に添えられた「寂しいんです」の一言に、亡き方への想いがすべて詰まっている様な気がして、強く印象に残っています。
　私たちは複雑な情の世界に根ざして生きています。科学的な見地からは、決して割り切ることのできない、苦悩を抱えて生きているのが私たちのすがたです。もしお骨を科学的に解明すれば、「リン酸カルシウム」という成分に他なりません（勿論、タンパク質も含みますが）。しかし、大切な方のお骨を眼の前にしながら、これはただのリン酸カルシウムだと、冷静沈着に向き合うことなどできるでしょうか。私にはできません。情の世界に生きる私は、お骨を通して亡き方を感じたり、どうすることもできない寂しさのなかに、また会いたいと涙することだってあるからです。
　科学の世界に生きる私たちは、ややもすれば科学的でないものに否定的な態度を取りがちです。勿論、科学が大切であることはいうまでもありませんが、科学的な考えだけでは割り切ることのできない、情の世界に生きていることもまた事実です。
　「もう少しだけ」、そんな凡情の世界で苦悩を抱えて生きている私のために、浄土の教えは説かれているのです。

過去のコラム記事〈自然の声に聞く〉はこちら